あおねこ物語 ―序章―

寧ろ鶏口と為るとも牛後と為るなかれ。

中央大学(通教)卒業後について

何回かこういう内容の記事を書いているかもしれないけど、あらためて。

(何回あらためれば気がすむんだ)

 

ぼくは2018年3月に中央大学法学部通信教育課程を卒業します。

というか、卒業する気でいます(笑)

卒業できなかったらどーすんの、って話はとりあえず置いておいて。

 

そのあとはどうしよう?って疑問に思う方がいるかもしれません。

というわけで、そろそろマジメに考えてみました。

 

ぼくは、中学生の頃から弁護士になりたいと思っていました。

会社に雇われることなく、法律を武器にクライアントのために戦う。

まあ現実はこんなキレイゴトばかりじゃないとは思いますけど、そういう(ある意味では理想的な)弁護士に憧れていたのかもしれません。

 

中大通教に入学したのも、法律を学んで弁護士になりたいと考えていたから。

(事情により法学部に進学することができなかった〔勉強ができなかったというわけではない〕)

 

民法だの刑法だの、民事訴訟法や刑事訴訟法、商法、会社法、挙げ句の果てには破産法や国際私法なんていう、一般人にはまるで理解不能なこの法律どもをなんとかやっつけ、やっと辿り着いた卒論で選んだテーマは、労働法。それも、IT革命やIoTを踏まえたかなり画期的な内容(インストラクターの先生のアドバイスのおかげ)です。

 

卒論を通して(まだ書いてる途中だけど)、現代の労働環境は産業革命に匹敵するぐらいの規模で大きな転換期を迎えており、それにはコンピュータや技術の発展が大きすぎるほどに大きく関与しているということも学びました。

 

新卒の大量採用を行い、一つの会社に定年まで勤め上げるという旧来の日本的な働きかたは大きく崩れ、一人一人の労働者が個人としての技量を身につけ、それを武器に企業を渡り歩いて行く、あるいは起業したり、フリーランスとして活躍することが当たり前になりつつあります。同時に、副業禁止規定を見直したり、パラレルキャリアなんて考え方だって、今じゃ普通に認められていたりしますよね。

 

一昔前では、「うちの会社以外で働くなんてなにごとか!」と言わんばかりに、会社が就業規則の中に「副業禁止規定」なんていうナゾの規定を盛り込むことによって、労働時間外の、本来労働者が自由に支えるべき時間でさえ制限をしていたのです。いや、今でもこういうところはまだまだ多いというのが僕の印象です。僕の勤務先もそうだし。マジでありえない。

 

労働者人口がどんどん減っていっている現代においては、もはや一人の労働者をひとつの会社に縛り付けて置くことが非効率であり、非生産的であるわけです(同じか)。

おまけにAI(人工知能)の発展は目覚ましく、勝手に会話し始めてしまう始末。このニュースには驚きました。この実験では慌ててスイッチを切ってしまったそうですが…。

 

というように、AIを含む技術の発達と少子高齢化によって、労働者の働きかたが今までとはまるっきり変わりつつある。そして、その変革は確実に僕たちの周りに及びつつあるということを、卒論を通してまなびました。

 

こうした卒論の調査を進めて行く中で、やっぱりITの力ってすごい、と心の底からそう思えるようになりました。

 

他方、現代の(旧来通りの働きかたをしている)労働者を見ると、自分の希望する仕事をすることができずに与えられた仕事をいやいやこなすだけだったり、使えないゴミみたいな上司のために自分のやりたいことを我慢したり、したくもない仕事を長時間させられて疲弊しながら家に帰ったり、ホントに羨ましいと思える点が見当たりません。給料はろくに増えないくせに、やれ昇格だ、昇給だと大して嬉しくもないエサを与えられた見返りに、大きすぎる責任というものを負わされたまま働き、疲弊し、老いていく管理職の方々をみて、同じようになりたいとは到底思えない。これが20代、30代の若い人たちの偽らざる感想ではないでしょうか(すくなくともぼくはこう思います)。

 

であるならば、卒論を通して幸運にもこんなにも多くのことを学ぶことができたぼくは、晴れて中央大学を卒業したらどうすればよいのか。

 

これからの労働者というのは、時間や場所にとらわれず、自由に働くことが当たり前となっていくでしょう。いや、労働者に限らず、自営業者、フリーランス、経営者ですら、ITの力を借りればこうしたことが可能になるに違いありません。

 

工場労働者や生産部門の業務に従事する人たちはさすがにこういうわけにはいかないでしょうが、それでもホワイトカラーを中心とした比較的多くの人たちがこのような働きかたをすることができるようになることでしょう。

 

そうだとすれば、これからの社会においてぼくたち一人ひとりが幸せに暮らして行くためには、そのような働きかたを実践するしかない。実践することによってでしかその実現はなしえない。

 

こういう結論に至ったわけです。

 

ぼくは、中央大学通教を卒業したら、時間や場所にとらわれない自由な働きかたというのを体現してみせます。

 

そして、それを実現するためには、法律の力によるだけではなく、ITの力を多分に利用することになるでしょう。

 

具体的には、ずいぶん前からやりたいと思っていたプログラミングの勉強。

これを9月から開始します。卒論と並行して。

 

そして、12月までの4ヶ月を使って、ある程度(派遣でも未経験正社員でもフリーランスでも、形にはこだわりませんが)仕事ができるレベルにまで自分のスキルを上達させます。

 

そして12月で現在の勤務先を退職し、1月からの有休消化を利用して、さらにプログラミングの技術力に磨きをかけ、同時に、次の勤務先を明確にします。

 

3月か4月ぐらいから、新たな勤務先で、プログラミングの技術を生かして働き、同時に、予備試験の勉強をスタートさせるつもりです。

 

そして、2019年には予備試験に合格し、翌年2020年には司法試験に合格します。

 

こうして見てみると、かなり調子のいいことしか書いていません。

本当に受かるのかよ?しかも新しい仕事しながらなんて…どうせムリだよ。と、

そんな声が聞こえてくるように感じられます。

 

ええ、そうでしょう。確かに、ムリかもしれません。

でも、それでもいいんです。

 

たとえ一見ムリなんじゃないか、と思えることだって、自分で頭を使ってやり方を考えて、諦めずに続けていけばいつか実現するかもしれないじゃないですか。

そうしたら、自分の人生に面白みがでてくるんじゃないか。

今のような、毎日決まった時間に起き、決まった時間に決まった場所へ行き、決まった人と毎日大して変わらない話をし、決まった時間に家に帰ってくる…。

 

こんな生活、おもしろくないでしょ?普通に考えて。

 

ぼくは、面白くないと思います。

たとえ不可能だと思われても、上に書いたような生活の方が面白い。

 

だから、面白いと思う方に進もうと思います。

 

 

こんなことをいいつつ、また数週間したら違うことを言っているかもしれません。

 

ま、それでもいーんじゃないかな、と(笑)

だって、どういう生き方がいいのか、なんてウジウジ悩んでるだけ(←ぼくのことです)より、ダメでもいいから、やって見ることの方が大事なんじゃない?

 

ぼくはそう思います。

 

だから、「試しに」やってみます。

 

うまくいけば続けるし、うまくいかなければまたなんか考えりゃいーじゃん。

 

死にゃあしないって。ちょっとなら貯金あるし(笑)

 

 

というわけで、これから全力でがんばります!!

という、突然の決意表明でした。

 

 

まずは、

 

2018年3月卒業を目指して

 

 

それでは、また!!