あおねこ物語 ―序章―

寧ろ鶏口と為るとも牛後と為るなかれ。

非法学部卒から中央通教卒業→司法試験合格を目指す理由

こんばんは!

 

明日は5月17日!何の日か知ってますか?

そう。明日から司法試験が始まります!5月21日までの長丁場です。

 

ぼくは予備試験すら受けませんが(卒論作成のため)、

司法試験受験する皆様、頑張ってください!

予備試験受験する皆様も、体調を万全に整えて試験に臨んでください!

 

 

 

で、今日はそもそも論。

 

 

今まで中央通教卒業を目指します!というスタンスでブログを書いてきたのでありますが、最終的には中央通教卒業→予備試験合格→司法試験合格 というところを目指しています。 

 

ですが・・・

そもそもなんであなたは弁護士になりたいの??”

 

とお思いの方はいるんじゃないでしょうか?(いないか…)

 

就職難だの、資格とっても稼げないだの、

巷じゃいろいろ言われていますが、

 そんなことは関係ない!!

 

 

 

ぼくが弁護士という職業に魅力を感じるのはこんな点です。

まぁ弁護士の知り合いとかあまりいないので素人目から見た感じにはなってしまってます。現役の弁護士の方々から見たらまた違った視点から見れるかもしれませんけども。

 

 

① 雇われない生き方。自分次第でどうにでも働いていける。

「雇われない生き方」。なんだか憧れる言葉ですね。

弁護士は基本的には雇われることはなく、独立して業務をしています。

弁護士法人とか最近はインハウスローヤーとか多いけど) 

 

人から指示をされるのが苦手(きらい)なぼくにとっては、

こういうところが一番惹かれます。

 

今後数十年において、労働社会は混迷を極めること間違いありません。

少子高齢化労働人口の減少、長時間労働の是正・撲滅、

ワークライフバランスの実現、介護離職、同一労働同一賃金、ディーセントワーク、

…誰がどう見ても、安心できる要素など存在しない。

にもかかわらず、こうした現状について経営者達は何一つ対策を講じようとしない。

その理由はただ1つ。日本の経営者が無能であるからに他なりませんが、 

よりミクロな視点から見れば、

 

やってもやっても終わらない仕事、偉そうに指図するだけの上司、こちらの不満や改善策に耳を傾けない上司・経営者、長くなるばかりの勤務時間、おまけに残業代は全額つかないし…、勤務時間を問わず上司に媚びへつらい、休みの日さえ自分の時間が確保できない、そして紙っぺら1枚で北は北海道から南は沖縄まで、海外転勤ならまだマシだけど、ひどければ解雇だって紙1枚ですよ、その割にやりがいなどは微塵も感じられない…、

 

誰がこんな仕事するか!って感じですよね。こうした状況を変えるには、膨大な時間と労力がかかるでしょう。現時点ではようやくスタート地点に立つための準備体操が終わった段階、といったところでしょうか。

 

つまり、労働社会・労働契約という制度自体が限界を迎えていると。

ぼくはこう考えます。

 

であるならば、とっととそこから抜け出すに限る。

(そういう意味では、抜け出した先が弁護士である必要は全くないのですが)

 

他方、雇われない生き方というのは、雇われない分、どのように稼ぐかは自分次第。

もちろん、サラリーマンに比べたら何倍も、何十倍もキビシイ世界でしょう。

 

でも、やってみたい。やってみるだけの価値はあると思います。

 

 

② 生きるために必要な武器「専門性」。これがあれば怖いものなし。

よく「専門性を身につけろ!」って言いますよね。

まったくその通りだと思います。

 

じゃあ専門性とは何か?それは「これなら誰にも負けないと言えるもの」だと僕は考えています。知識でも、技術でも、何でも良いと思います。

 

サラリーマンをしていると、こうした専門性とは完全に無縁な生活を送るハメになります。だって、入社して数年間(下手すりゃずっと)は上司から言われた仕事をこなすだけ。そして「ちょっと覚えてきたな」という頃に待ち構えているのが「人事異動」というナゾの制度。ほんとにこの制度なくなればいいんじゃないかと思いますけどね。

こうした意味不明な風習を残しておくのも企業の体質が古い点の表れといえそうです。

 

そして数年経てば勝手に昇進し、エライ人扱いされる。それと同時に、責任を取らされるわけですからたまったもんじゃーない。

 

何が言いたいかというと、サラリーマンなんかしてたんじゃ専門性なんか全然身につかないというわけです。いやまぁ身につくかもしれませんが、大したことは覚えないわけで。

それよりも自分のやりたいことに思いっきり時間が経つのを忘れるくらい没頭して得られた専門性の方が何倍も何十倍も、何百倍も価値があります。

 

そうして得た専門性なら、どこに行っても役に立ちますしね。

サラリーマンとして得た専門性なんて、その会社の中でしか役に立ちませんよ。

 

与えられた仕事の限られた範囲の中でしか身につかない専門性なんて、正直どっちでもいい。

 

自分でこれがやりたい!と思えるものがあるのなら、それをやった方がいいってことです。

 

③ 困っている人の役に立ちたい。

弁護士を志す人の中には、こうした動機を持つ人がいるかと思います。

実はぼくもそうした人の一人です。

 

法律って、いわば世の中のルールなわけです。ということは、世の中でうまく生きていくためには、当然ですが法律をよく知らなければいけないのです。

 

野球をうまくなりたいんだったら、野球のルールは覚えなきゃいけませんよね?

すごく将棋の強い人が、将棋のルールを知らないなんてあり得ませんよね?

 

それと一緒です。

 

よりよく生きたいのなら、幸せになりたいのなら、

そのためには世の中のルールを知らなければいけないのです。

 

まぁ要はそういうことです。

 

そして、それを知らない人に対して教えることができます。

だって、借金を苦に自殺してしまう人だっているわけですから。

 

「いやいやいやいや、待って!!こういうのあるから!だから、死なないで!」

 

と言えるわけです。実務はそんな簡単じゃないでしょうが。

 

それでその人が救われるのなら…ぼくは労力は惜しみませんよ。

 

 

④ 努力次第でいくらでもお金稼げる。

正直、お金ほしい!と思っているのが人間ってもんです。

きっとみんなそうですよね。

 

そして、お金がなければできないことがそれなりに多い。

「世の中お金じゃないよ」という人がいます。

確かにその通りだけど、その一方で、

お金があることによってもたらされる「幸せ」というのもそれなりに多い。

 

 

いつからか、そういう事実の存在を意識するようになりました。

 

まぁ小さい頃はお金がなくて不甲斐ない思いをいっぱいしたので、

その反動でこう思っているだけかもしれませんけどね。

 

「世の中金じゃない」と言う人は、往々にして

ろくに金を稼げていない人が多い。(全員じゃありませんが)

 

であるならば、その人に「世の中金じゃない」と言う資格などないのです。

そういう人は、お金のない現状に満足しているだけのような気がしてイヤなのです。

 

世の中金じゃない?いや、稼いでから言えよ! と言いたくなる。

 

 

確かに「人生でお金が一番大事」というわけではないでしょう。

他にも大事なものはいくらでもあります。

しかし、それはたくさんお金を持っている人、稼いでいる人が言ってこそ説得力がありますよね。

 

ぼくは、自分という人間を軽く見られたくはありません。

「お金が一番大事」という思ってるわけでもありません。

 

それを証明するために、たくさんお金を稼げるようになります。

 

 

 

⑤ 自分の仕事に誇りと信念を持っていたい。

つまるところ、コレなのかもしれません。

 

ぼくは、なんとなく仕事をするのがキライです。

いや、キライなのかもしれません。よくわかりませんけど。

 

自分のやるべき仕事というのは、誇りを持って成し遂げたい。ですね。

 

そういう人って、カッコよくないですか?ぼくはそう思います。

 

仕事をテキトーにやって、他の時間に意義を見出す人もいると思います。

それはそれで全然構いません。その人の生き方の問題ですから。

 

しかしぼくは、そういう生き方はしたくないんでしょうね。

自分の仕事に対しては、誇りを持っていたい。

 

完璧主義とか、手抜きをしないというのとは、また意味が違ってくるんですけどね。

(書いててわからなくなってきた…)

 

一方で、自分のしたくない仕事というのは、限りなくどうでもいい。

それでも会社の仕事はそれなりにやってますけど。

 

したくない仕事するのって、結構苦痛じゃないですか?

頼む方もやる方も、いいことない。

 

じゃあやんなきゃいいじゃん!やりたいこと仕事にした方がお互いのプラスになりますよね。

 

というのが僕の考え方。

 

長々と書いてしまったからわかりづらくなってしまったけど。

 

 

要は最初に書いたようなことです。

自分の仕事に誇りを持って、思ったようにこなしていきたい。

 

それだけです。

 

まとめ:結局フィーリング?

昔から漠然と「弁護士になりたい!」と思ってはいたけれど、

「弁護士になりたい理由」をいざ考えてみると…わかんないんですよね。

 

結局のところ、 フィーリング というか、なりたいからなる!

っていうのが一番しっくりきます。

 

なぜ法律を学ぶことを志したのか、

なぜ中央大学法学部に入学することを決めたのか(しかも就職後に通信で!)、

なぜ予備試験を目指そうとしているのか、そして、

なぜ司法試験を目指しているのか、

 

今でもよくわかりません。

 

それでも、中学生の蒼猫少年は「弁護士になりたい!」と思った。

それだけは今でもよく覚えています。

 

だから、目指します。

 

 

…という、なんとも尻切れとんぼ的な終わり方になってしまいましたが、

そもそもとんぼにすらなってない)

 

明日から試験を受けられる皆様、全力で頑張ってください!

ぼくも後から続きます!

 

 

2020年司法試験合格を目指して

 

 

それでは、また!!